日々の道具 ソバン



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日々の道具
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大前悟/ソバン



ソバン(小盤) 時代 李朝後期?

李朝時代は1392年~1910年(日本の室町~明治)の
518年と実に長い期間です。
当時、ヤンバン(両班)という高級官僚が時代をリードしていましたが、
このヤンバンの文化こそ李朝家具、工藝の根底にあると考えられています。
家具、工藝のことの前にヤンバンの住居について書きます。
ヤンバンの住居は高麗時代の仏教に変わって
李王朝が採用した儒教の精神を反映し成り立っています。
男女の居室がはっきりと分けられていて、
男性の部屋はサランバン(書斎)である。
そこは詩を作ったり、書に親しんだり、絵を描いたり、または思索にふける所であり、時には客を接待して政治や学問、芸術を論じあった。
哲学することが男の本懐、といった感じに見ることができる。
そこで使われた家具はタクジャ(本棚)やソアン(文机)、飾り棚の四方棚であり、そして水滴、硯などの文具たちが備わっていた。
まさに男のロマン。
なんのこっちゃ!

女性の部屋は衣類や寝具の収納に使うバンダチ、
装飾品などを納めるハム、
枕元に置かれるモリシャンなどがあり、
厳しい儒教思想の規律のある中でも
その装飾は華やかで気品を感じさせるものが多く、
密やかな楽しみ、生活への喜びが伝わってくる。

本題のソバンであるがこの卓は食事をする一人膳である。
私のは12角形で、地域によって色々な形があります。
日本の一般的な一人膳より高さがあり猫足になっています。
寒さの厳しい土地で既にオンドルが備わっていた為、
食事をオンドルの温から遠ざけるよう高くなったと考えられています。
猫足の下にスキー板のような木を這わせているのが見た目にヘンなのですが、
これはオンドルの熱を逃がさぬよう
高貴な色とされる白の紙を部屋の床にまで張っていた為、
その紙を破かないよう配慮されていると考えられます。
このように床から少し浮かすつくりは李朝家具にはよく見られます。
まず住居があり、家具や道具がそれに合わせて作られていました。
また家具職人も定住していた人は少なく、ほとんどが旅職人であったようで、
村から村に渡り歩き、その地域や住居に合うものがオーダーメイドで作られました。その為比較的作りが簡単で金具などで補強するぐらいのものが多く、
(中には螺鈿細工したものもありますが旅職人が作ったものだとは考えにくい)、
それが粗豪で野趣あふれる李朝家具の特徴になっています。
これは李朝の焼き物にも通ずるところがあり、
それを私は写している訳ですがどうしても無駄に丁寧に作ってしまう。
反省…。
私のソバンはたまたま覗いた店でえらく安かったので、
「値段が一桁間違ってませんか?」と尋ねると「合ってます」
安い理由も聞かずに
即ゲット!
後で理由を尋ねると天板が割れているからとのこと。
私にとってはラッキーだった。
本物、レプリカというのはこの値段からするとどーでもいい。
扱いも気楽になって食事はしたことがないが酒を呑んだり
一輪差を置き、花を活けたり。
すごく使い勝手がよい。
私はヤンバンではないので、
いつか家族4人分を揃え一緒に食事をするのが
私の密やかな夢である。

またの機会にバンダチを紹介するつもりですが、
そのときにはヤンバンの住居と草庵茶室の関係から
利休の茶室建築や長次郎の茶碗のルーツについて
書いていきたいと思っています。
説明ばかりの文を書くと腹がへってきた。

「奥さん、ご飯大盛りとキムチ~」
「春はイカナゴしかないわ!」
白飯とイカナゴはサイコ~!!!
やっぱり私は日本人。
それもコテコテの関西人。
ソバンでイカナゴ、
李朝盃で日本酒、
何かヘン…。
「旨いし、ええわ!」